送り盆の通りゃんせ、点滴針で蟲師になる

送り盆の通りゃんせ、点滴針で蟲師になる

送り盆の日に入院したのは何の因果か小児科との混合病棟だった。
そしてはたまた何の因果か、蟲を見た。

あれはナス成す牛車の牛追い童の草履を逃れて此岸へしがみついた百鬼夜行の成れの果てだったのだろうか。
透明な蟲を見た。

さながら貧血のアセンション、明順応の第二転回形といったところでその蟲たちは点滴針のほんのわずかなきっかけで目の前を浮遊し始めた。
針の先は何にも繋がっていないのに。

事の起こりはこうだ。
次の日からの点滴にそなえてその日、針だけ先に血管へと潜入したのだ。当然何ら身体に影響を及ぼすようなことはない。
すると数分後、透明な蟲が視界を自由気ままに浮遊せんと横切り出したのだ。
まるで送り盆の火に正統に送られて、彼岸へと帰る道すがら私の病室を侵犯するかのように。

その形状は車輪のついたゾウリムシの演武だが車輪部分は円ではなく回を45°傾けた、長年ストレッチをサボった紡錘体。
動き方も一定ではなく、ただ単に顕微鏡で覗かれた場合と同じような振る舞いで繊毛で泳ぐ「浮遊する者」のほか直角にしか動けない者、車輪部分をせわしなく回転させて前に進む者、部分を回転させながら浮遊する回のフラクタルなどすべて透明ではあるが色鮮やかな動作を見せていた。

次の日、点滴針が本領を発揮し、点滴が始まると(おそらく単なる生理食塩水)いよいよ蟲は水を得た魚の如く活気づき、ゾウリムシたちは異様さを増した。
頭が二股に別れたもの、体内に円の集落をもつものなど奇形のゾウリムシどもが勢いづいて跳梁跋扈し始めた。
彼らこそ百鬼夜行の幹部だったのかもしれない。

3日目、全身麻酔から覚めるともう彼らを見ることは二度となかった。
全身麻酔に入る瞬間、天井の模様は固定され蛍光灯だけがファランクスを組んで天井面を光酒のように流れ始めるのを確認したとたん、私は眠りに落ち、ゾウリムシたちも彼岸へ帰って行った。

そして今日に至るまで、再びゾウリムシたちの行方は杳として知れない。

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