恬淡余話

「複素録」

ヨハド。

それは長い間狂人そのものの名でございました。

昔を覚えたままの脳をもって生れて来た、摩不思議で理解しきれない人たちのことを古くから人はヨハドと呼んだのでございます。

それは古い感受性、時代の道理に合わぬ思考とそこから生まれる異形の言動への蔑みの代名詞、はたまた多くが狂人として生を終えたこの世を外れた人々への畏れの形でございました。

こんな婆の話を聞いてくださるのも、今やあなた様だけでございます。わしが去ねばこのこともすべて陽の流れに消えてゆくのでございましょうね。

それはわしら普通の人間が見向きもしないようなささいなもの、ほんの幼いころに捨て置いてきてしまうような小さな心の揺れ動きを一生持ち続け、雨音一つ、風に吹き飛ばされる枯れ葉一枚から世界の成り立ちを言葉という順序に変換することのできる人たちの名でございました。

ヨハドの多くは男でしたがたまに女もおりました。
しかしヨハドは男にしかいないと思われていたため女のヨハドはそもそも存在すら信じられてはおりませんでした。

しかし、婆はこの齢になるまで永らえたからこそお教えできます。
ヨハドには女も男も子供も狐も虫も、ありとあらゆる生き物がいるのです。

そしてわしら普通の人間には感じ取れぬ何ものかを翻訳して伝えることこそが、ヨハドがこの常人の世界に生まれて来た役目なのです。

「複素録」。ここにございますのはヨハドたちの記録を歌の形で納めた文献、おそらくこの世でただ一つのヨハドに関する文字の証拠にして彼らの生きた証でございます。この婆が去ねばこれを知る者もいなくなりますから、これはあなた様にさしあげましょう。

会ったこと、でございますか。ええ、この婆がまだ十を数える前のそんな昔のお話でよろしければ。

それでは一つ目はあの野萩のお話にしましょうか。

01 「月ハ今宵モ君ヲ照ラス~寂静古道編~」

作:幼虫社

アレンジ/歌唱:星山千寿

02「再醒~寂滅為楽編~」

作:幼虫社

歌唱/解釈:星山千寿

補佐:KAITO V3

諸々の仏子よ、まさに願わくは衆生とともに大道を体解し、無上の幼虫社新アルバム発表の意を発させむ。

死人を呼び寄せる娘のヨハド、胎生の虫の物語を訳して伝える。

「天の斑駒の耳振り立て聞し食せと、畏み畏み申す。」

03「黄昏小道~いろはにほへと編~」

作:茶太/下村陽子
歌唱/解釈:星山千寿
コーラス:鏡音レンV4X POWER

昔々に隠されたままの少年のヨハド、彼岸と此岸の境をうろつき回る。
とかなくてしす、や?

04「あめよみ(The Thing Reading Rain)」

歌:Fred OARAO

常世の波打ち寄せる伊勢の国のそのまた天の方角にあるという里を、行かざるままに臨めよ。

さあ生き心地あれ、生き心地あれ。

余話

海からの遣いが動かぬ座標の街を割いて
「あやしなり」と秘かに降る道標となりや
千度の無視の往来に
在れりをあきらめ橋をかけ
姿なき亡き者と共に化し道を行く

言わざるにしたたる街 街は水没を
讃え 讃えたまま 無人だらけの桃源
千度の無視の往来に
在れりをあきらめ橋をかけ
姿なき亡き者と共に化し道を行く

無明の雨が万境を等しく洗うを受け流し
草葉の陰で陰るきみと共に向かう死地は
捲土の嘘の重来でこまねく不肖の街の外
弔意以て里悟り望む無想丘と知る

見えざるとそむける街 街は脆弱を
讃え 讃えてまた
際立つ時に帰らざる

千の波が打ち寄せる丘
遠くで生きる心地あれ
分かたぬままきみと並び
奇想の雨と踊れよ

(千の丘 で生きる心地あれ
嗚呼 奇想の雨と踊れよ)

伊勢の波が洗い出すは
虚心をたたえた丘にあり

行かずの里はるか咲く
万境の外を想えよ

(伊勢の波 たたえた丘にあり
嗚呼 万境の外を想えよ)

天の網を零れ落ちて
自在を結びて雨は降る
読めざるままきみとありて
無想の地を人は立つ

(天の網 結びて雨は降る
嗚呼 無想の地を人は立つ)

無私の丘で流れ出すは
疑心にささやく里の歌
なくしたまま命求め
さまよう声は届いた

(無私の丘 ささやく里の歌
嗚呼 さまよう声は届いた)

千の波が打ち寄せる丘
遠くで生きる心地あれ
分かたぬままきみと並び
奇想の雨と踊れよ

(千の丘 で生きる心地あれ
嗚呼 奇想の雨と踊れよ)

伊勢の波が洗い出すは
虚心をたたえた丘にあり

行かずの里はるか咲く
万境の外を想えよ

(伊勢の波 たたえた丘にあり
嗚呼 万境の外を想えよ)