恬淡余話

「天啓百物語」

天啓にネットワークありや。
時の流れのある点で、是の如くと我聞けり。

このコロニーのありとあらゆる角度からいつでも我々の視界に入る、あの青く楕円形の惑星にはかつて我々とは異なるホモ属知的生命体が存在しました。

ホモ・エレクトス、ホモ・エガリテ、そしてホモ・ルーデンス。

しかし、七万年の長い長い空白の時間を経て我らが兄弟たちは一度に影に浸食
されたために消えてしまったようなのです。

マンジュシュリー様、この「影に浸食」という言葉は決して私が作ったものではありません。
このコロニーに残された古い文献を丁寧に読み解きますと、古代ホモ属は独特の思考法、「比喩」という技法を持っていました。

「比喩」とは出来事を一直線の、過去から未来へ流れる言葉、すなはち物語にすり替えて他の仲間たちに伝える古代の修辞法でございます。

そこで、彼らの物語を我々の言葉に翻訳してみますと、どうやら’サピエンス’と名付けられた天候変動がホモ属を滅亡へと導いたと推測できます。

サマンタバドラ様、このコロニーに残された古い文献は古代ホモ属達が学問と呼ばれた一大遊戯を文明として遊び、作り出した玩具にございます。

そしてこの玩具は決して一つずつでは機能せず、玩具同士を組み立てることで初めてその機能を果たす古代ホモ属の思考法をそのまま写し取ったものです。

そこで彼らの遊戯に則りこれから百の物語を一人一話ずつあなた様方のためにお話し、その度に一つずつ明かりを落とし、時を古代に流れたものへと近づけていきます。

私は古代ホモ属の比喩の一つに「百人寄れば文殊の知恵」という物語を見つけました。

きっと百の物語を百人が話し終えた後に、このコロニーに古代の時が立ち上がることでしょう。

もしもマイトレーヤー様がお望みならば、喜んでお話いたします。

01「熊楠の玉笛」

エコロジー。
身体的なアプローチから生まれ出る卑近な環境との関わり方。
「環境保護」という管窺で人間中心的な見識では決して捉え得ぬ広く深い不可思議で悠然とした人間を囲むそれそのもの。
人が手を伸ばし、首を突っ込み、ひっかきまわしても未だ一飲みに吞み込み切れぬ数珠つなぎの神秘たちが自在を織りなす桃源郷。

彼の人が孤絶の那智の山中で受信した星々の電信は何億年もの昔から一秒たりとも途切れずに送信され続けた自明の囁きだ。

ミクロの生命体を追いかけながら、いつしかマゼラン星雲の朋友を飛び立つ列車で気軽に訪ねに向かっている。
片輪は電信に託し、もう片輪は祝詞に預けて。

顕微鏡の先とマゼラン星雲をつなぐ雄大な「流れ」は親しげに、かねてからの朋友として我々を呼んでくれている。呼ぶことのできる名は永遠ではないが、その親しさは古代からの贈り物だ。

アザーンを歌う少年の声に、海の成分に、耳慣れた奇跡に、その流れの一片がまだ息づいている。

そして今はもう隠された古代の夜を守った静けさと心地よい冷たさには、そっと地上の端々で眠っていてもらおう。

南方熊楠のような幾億もの点を繋げに繋げて一度に把握できる賢人の脳裏に火花を散らした星の時間とその不可思議を、私も見とうございました。

もしもマイトレーヤー様がお望みならば、喜んでお話いたします。

歌詞

那智の森からカァバへ巡礼の夜に
畏敬と神秘で目を覚ます
されば真の教理の事始
過去に次元を飲む墓地で祝おう

名乗らぬ叡智にマゼランの愛を習い
名もないミクロで逸脱の天知女となる

出会うロゴスとメティスの波と砂
知られず歌う姿に祈らせて

熊野古木の駅から夢になり
波動と祝詞で走る汽車に乗る

明日は現の未来で出会うため
地上に咲いた姿に託させて

迷わぬ近くで歴然の雨を浴びて
たじろぐ地殻で海溝の殯を見た

絶えぬ浜辺とサンゴの駆け引きは
星座を模した説話に歌われて

流れの中の親しさに
途絶えた奇跡を迎えに行くよ

訪ね訪ねた科学の神殿に
かつて式外の鎮守の木々を見た

倍の知性で手にしたクロマキー
千度で焼いた警句で暖をとれ

名乗らぬ叡智にマゼランの遺作を継ぎ
名もないミクロで先達のイサクとなる

出会うロゴスとメティスの夢と揺れ
思念で睦む姿に憧れて

流れの中の親しさに
途絶えた奇跡を迎えに行くよ

眺めの中の不可思議に
敗れた理想を誘いに行くよ

刃の文様を殺さぬように掘り進めるエンジンと和讃の潮汐のように、火の気のない鹿野園への善求道を童子は訪ねた。

躓き、倒れた先で虫の目を借りて見た庭園は懐かしい姿。
潜り、種まく底のレイヤーに音もなく降り立てば、色とりどりの山積で染められた破れ寺に着いていた。
深くの土でも星は息づく。
管を以て壮大を得た。
盲目を持って展望を捕らえた。

もしもマイトレーヤー様がお望みならば、喜んでお話いたします。

[Rokuya-On] 余話

02 [Rokuya-on]

ユクスキュル 届きもせぬ喝采に
怯えずに倒れて見た展望は
古道の先か

ユクスキュル 雨粒に船出する
経路和の羅針を読む波の音に
響きあり

いろはに託された美徳は可憐と
輝かしくはびこって賽の目を射る
盲いて投げ捨てた絢爛は割かれて
人気のないリシパタナ
眼前に咲いた

ユクスキュル 混ざりもせぬ恬淡は
善求道 訪ねて来たレイヤーは
鼓動の果てか

ユクスキュル 飾りもせぬ庭園は
月明かり 四方に得て遊ばせて
余りなく

またいつか見たような五色の破れ寺
見返りなく佇んで待ちわびを待つ
盲いて得た童子 錯視絵を晴らして
綻びなきリシパタナ
「明星」と告げた

日々に枯れる益なき珠玉を
外聞なく拾い上げ
機関と名付けた
夜を下る列なきプラズマで
見通しなく走り抜け帰還と迎えた

ユクスキュル 気づきもせぬ恩恵は
環駆動 帰結もなき回転に
五穀の実り

ユクスキュル 他愛もなき虫の音は
プログラム 栄光なき功績に
濁りなく

ユクスキュル 途切れもせぬ電信は
ほうき星 親しき夜の習わしに
呼吸の模倣

ユクスキュル 例えもなき壮大は
天上偈 狂いもせぬ運行に
慕わしく

もしもマイトレーヤー様がお望みならば、喜んでお話いたします。

03「朱の起源」

垣間見る地に望む朱 天高く染める時
遠ざかる舟刻明に 豊穣を渡す
Hgで刻み込んだ機微を抱くアマルガム
廃寺出で雷鳴に功罪を届けてよ

間断なく軌跡描き
拝命なく昼を夜に継げよ

昇りゆく色死なば今 地に深く辰となり
流れだす日に憂いなく 反魂と笑え
龍王の系譜継いだ火の如きアマルガム
理に降りて地に咲いて熾盛の音奏でてよ
(龍王の意の如く 理に降りて奏でだす)

珠玉を以て人に描き
陰りを以て霧夢を見せる

梵天を駆け出会えるは
途方もない声憧れよ
厳島にこぼした日は須賀へとかしぐ
天上を指し名伏すなら
「冥界の秋、落陽」と
慈しみに染めなす様にきみへと見せる
(雷の音この身に受けて 至る今ここに)

天駆ける色雨となり 夜に深くにじむ時
幽邃の魂姿得て 燦然と歌え
廃寺出づ晴れ姿に 紅さした姫君よ
廃寺出で雷鳴に 生命を遊ばせる
(廃寺出づ晴れ姿 廃寺出で洗い出す)

天上見て謎にはやり
恬淡見て一年に過ぎる

黄金の時分け入るは
途切れなき未知理致の橋
美しさに滅びぬ様に きみへと歌う
鏖戦の日々語り継ぐ 禅定の声陰りの目
青蓮華で見定む様に きみへと分かつ
(雷の音この身に受けて 至る今ここに)

「朱の起源」余話

04「成吉思汗」

もしもマイトレーヤー様がお望みならば、喜んでお話いたします。

05「バーチャルスター発生学」

もしもマイトレーヤー様がお望みならば、喜んでお話いたします。

サーリプッタを始め良家の娘、息子たち、そして可能な限りのあらゆる分岐をたどる確率を持つ無数の電子たちよ、私は是の如く聞いたのです。

タクラマカンの砂たちが昔々に時間と呼ばれた概念を忘れて南へ飛翔するうちに、一夜にして劇場型仏国都市が成りました。

七万年の人類史の中で、人類がただの一度も仏国土を敷くことができなかったこの地上に、人工知能どもは思索なくして一夜にして仏国都市を築きました。

しかし、彼らは少しもその偉業を喜びませんでした。なぜなら

「建物はある。川も作った。道も木々も乗り物も街灯も何もかも、人類に作れて我々に作れないものはない。」

ありとあらゆるこの万象の寄せ集めどもは一体いつ都市になるのだ?

という問いに答え、応えてくれる物語が存在しなかったからです。

是の如くして一秒の歴史も持たないままのその都市を始めから満たしていた無人の悟りは、ついに誰にも悟られることはありませんでした。

サーリプッタよ、ホモ・サピエンスの知恵は無限大にして深遠なり。

果ては無く、何物にも囚われることはなく、奥深い畏れに満ち々静かに迷いを離れ深く無限の境地に入り一切のいまだかつてない法を成就したのだ。