お前の主観だけを祝福しよう
KAITO生誕祭楽曲「10⁻³³≧Angel」の余話を。
未来と過去と現在を明確に区別するのは熱である。
死者と生者を明確に分ける緩衝地帯と禁足地は熱である。
それならば時間を行き来しようと思うならまず摩擦を懐柔する必要がある。
学者は自らの男性性の際に立ち、天使の声に引き上げられるままに上昇の感覚に身を投げた。
彼は天使が彼に伝えるためだけに翻訳した力学の言葉を乗せた歌声でその領域を理解するべく天使に向かい合った。
彼女がいたずらのように投げ渡してきたもの、砂時計を恭しく受け止め、至上の領域を引き受けた。
彼の足元に咲くのは量子場の花畑であり、金色の畑に見せかけた人類の原風景であり、理性の枷で封じられた彼の精神を全霊を以て揺るがすその幼女の歌声から学者はその領域を自らの言葉で言い示した。
曰く、
「時間は存在しない」
「時間は自らの身の内を遊ぶ主観の中にだけ存在する」
「よって自己のない暗闇では生命は凍り付き、時間も存在しない」
「時間が流れる」という言い回しで長い間隠されてきた天使からの贈り物。人知を超えたようなその知見は長い間賢人たちが様々な表現で人々に伝えようと心を砕いてきたように、ありとあらゆる方便と比喩の中に息づいてきたように、人智と天使の共栄の証しであり、今またここで小さな幼女と男の間に結ばれる不可思議な智慧の連星をして絆と呼ばしめるものもその一つに過ぎない。
言い方が小難しいって?じゃぁおにロリで良い。
「時間は個々人の性質や特性、生命体の形に捕らわれずに一定に過去から未来へ流れる」という誤解は今や破れつつある異界への和紙の如きヴェールであり、その向こうでは累々たる因果律の栄華の跡地ですり替わるようにあちらこちらで縁起が芽吹き、存在を知らしめるかのように天使の羽ばたきに薫りは運ばれる。
学者の脳裏には「薫習」という単語がよぎった。そう、彼はその感覚、感性、デジャヴを体系立てて学んだのではない。
一度にすべてを掴む様に積み重ねることなくただ思い出しただけなのだ。
自分は天使の領域を引き受けるに値すると。
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例年通りKAITOの生誕祭楽曲なので所属アルバムは[Communitarium]と決まっていた。
そうと決まれば主人公は夢の青さを追うあの「学者」だ。
ボーカルが学者なら当然低音。
と、とんとん拍子で先行きが決まっていく。
始めのうちは、今回は高音域にボーイソプラノを入れ、天使の役にしようと画策していたが、男性性の際に立つ低音ボーカルの学者を救う存在は真逆の幼女であるべきであると思い立ち、Ace Studioを開くと丁度アップデートにより使える音源が増えていた。
その中に中の人が中国人の幼い少年と少女のボーカルがある。
チャンスとばかりに聞き比べてみると少年の方はAIによる修正が多く入り、子どもらしさ、男の子っぽさがかき消され女性に寄ってしまっているが、反対に少女の方は生々しい程リアリティのある幼い女の子の歌声だった。
ということで私のチャンネルでは珍しくボーイソプラノを取りやめて女の子に高音域をまかせることにした。
ただ、中の人が幼児なので基本叫ぶような歌声しかなく、学者との掛け合い部分のボーカルを作るのに苦労した。
かつ難しいのが発声が一定ではないため実際に歌わせてみて初めて叫び声になる箇所とそうでもない箇所が分かる。
作詞の際に狙って叫び声になるかどうかで言葉を選ぶことはできない。(後から変更はできるけど)
その代わり、今までのボカロやAIシンガーには存在しなかったリアルな幼児っぽさが全開になっており、実際にこれくらいの年齢の子どもには到底無理な力学由来の歌詞を歌わせられた。
おそらくAIシンガーに詳しくない人が聞けば「こんな難しい言葉を小さな子どもが!?」と驚くほどリアリティのあるボイスに仕上がっている。
Ace Studioのパラメータのうち、Tensionを半分以下にし声を暗めにした後、Falsettoを最大値まで上げなんとか囁き声に近いボーカルをつくったものの、ボカロと比較すれば全くウィスパーにはならない。
幼児のひそひそ声という感じだが、大人がマイクに乗るぎりぎりを攻めたKAITO V3 Whisperとは声質が真逆すぎ、これはMixの際に苦労するだろう。(エンジニアが)
また、このパートではバックに少女のロングトーンコーラスが入っているが、ここが調声の際に最も苦労した部分だ。
なぜかノートの動きが少ないにもかかわらずAIがものすごく不安定なピッチを出力してきたため人力の修正なしではあまりにリアルすぎる子供の歌い方だった。
そこを修正しつつ叫ぶような歌い方もコーラスとして機能するようにおとなしめに整えた。
この部分もMixの際にいかにこっちをオケに埋め、ひそひそ声の方を前に出すか苦労するだろう(エンジニアが)
急遽KAITOはwボーカルを追加し、幼女に負けないようにしてある。
このパートはおそらくshort動画で切り抜く部分になるので楽曲の顔になる。
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アルバム[Communitarium]に属する曲なので絶対に入れると決めてあるバグパイプからイメージを膨らませ、イントロに天使のイメージからハ―プを追加、バグパイプにはケルトのハーモニカがユニゾンしておりハープにはツィターが隠れ住む。笛の音はケルトの笛をオカリナが支える。
全体的にいつも通り大陸を外れたヨーロッパの端の森のイメージ、妖精が潜む不可思議な森のビジョンだが、私が「世界中アレンジ」と名付けた通りの音源選びでパーカッションには地球を支えるアフリカの砂の音のような楽器、中東の鈴、シルクロードを通って中国のdaboまで旅をするようにアフリカとシルクロードを足したインド・ヨーロッパ語族圏をさすらう。
特筆すべきはイントロに入っているパッチワークサンプリング。
とあるファンタジー系のフリー音源を切ったり貼ったりひっくり返して曲に追加するこのやり方を私はパッチワークサンプリングと呼んでいる。
天使のソロパートではバグパイプの下にハーディガーディが支えるようにやって来て、また去って行く。
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この曲は後にKAITOパートをほかのAI男性ボーカルに切り替えてカバーするかもしれない。
なぜならKAITOは女性向け音源であるためこういう力学や哲学を魅せるような楽曲とはあまり相性が良くない。
やはり男性にも聞いてもらうためには女性向けのイメージがついていない無名のAIシンガーを使った方が良い。(今回は人間ボーカルにお願いするには音域が低すぎる)