
ヨハド。
それは長い間狂人そのものの名でございました。
昔を覚えたままの脳をもって生れて来た、摩不思議で理解しきれない人たちのことを古くから人はヨハドと呼んだのでございます。
それは古い感受性、時代の道理に合わぬ思考とそこから生まれる異形の言動への蔑みの代名詞、はたまた多くが狂人として生を終えたこの世を外れた人々への畏れの形でございました。
こんな婆の話を聞いてくださるのも、今やあなた様だけでございます。わしが去ねばこのこともすべて陽の流れに消えてゆくのでございましょうね。
それはわしら普通の人間が見向きもしないようなささいなもの、ほんの幼いころに捨て置いてきてしまうような小さな心の揺れ動きを一生持ち続け、雨音一つ、風に吹き飛ばされる枯れ葉一枚から世界の成り立ちを言葉という順序に変換することのできる人たちの名でございました。
ヨハドの多くは男でしたがたまに女もおりました。
しかしヨハドは男にしかいないと思われていたため女のヨハドはそもそも存在すら信じられてはおりませんでした。
しかし、婆はこの齢になるまで永らえたからこそお教えできます。
ヨハドには女も男も子供も狐も虫も、ありとあらゆる生き物がいるのです。
そしてわしら普通の人間には感じ取れぬ何ものかを翻訳して伝えることこそが、ヨハドがこの常人の世界に生まれて来た役目なのです。
「複素録」。ここにございますのはヨハドたちの記録を歌の形で納めた文献、おそらくこの世でただ一つのヨハドに関する文字の証拠にして彼らの生きた証でございます。この婆が去ねばこれを知る者もいなくなりますから、これはあなた様にさしあげましょう。
会ったこと、でございますか。ええ、この婆がまだ十を数える前のそんな昔のお話でよろしければ。
それでは一つ目はあの野萩のお話にしましょうか。
昔々に嘘に生まれた物語は、今もまだ嘘のまま。
だけどもしもあなたが、あの川を渡らぬままわたしのおとぎ話を、この八月が終わるまでのほんの少しの間だけ古いゝ痛みの中に思い出してくださるのなら
お化けの言葉でわたしにだけこっそり教えてください。
くれぐれもこの世にだけは生きないように気を付けて。
01 「一来童女(Ichirai Doujo)」
作詞・作曲:星山千寿
Vo: LEO
Illustration: ねり悶々
ぬけがら迷子を呼ぶ声は
鬼のいぬ間に口ずさむ小唄
命を夢見てすきま風
里の時間で生きている
何もかも今は 夕焼け小焼けのかくれんぼ
何もかも今は 呼べども呼べどもこたえなく
ねんねの里はどこ行った
あの山迷ってどこ行った
ねんねの里はどこ行った
お話たどってここに来た
痛み中の懐かしさに
ススキの原をかきわける袂
川の向こうのおとぎ話
お化けのふりで生きている
何もかも今は 本当で嘘の物語
何もかも今は
語りに語れど虫の声
ねんねの里はどこ行った
あの山迷ってどこ行った
ねんねの里はどこ行った
お話たどってここに来た
ねんねの里はどこ行った
あの山迷ってどこ行った
ねんねの里はどこ行った
お話たどってここに来た
(わたしは常にいませども
現ならぬぞあはれなる
人の音せぬあかつきに
ほのかに夢に見え給ふ)
ねんねの里はどこ行った
あの山迷ってどこ行った
ねんねの里はどこ行った
お話たどってここに来た
02「再醒~寂滅為楽編~」
作:幼虫社
歌唱/解釈:星山千寿
補佐:KAITO V3
諸々の仏子よ、まさに願わくは衆生とともに大道を体解し、無上の幼虫社新アルバム発表の意を発させむ。
死人を呼び寄せる娘のヨハド、胎生の虫の物語を訳して伝える。
「天の斑駒の耳振り立て聞し食せと、畏み畏み申す。」
03「黄昏小道~いろはにほへと編~」
作:茶太/下村陽子
歌唱/解釈:星山千寿
コーラス:鏡音レンV4X POWER
昔々に隠されたままの少年のヨハド、彼岸と此岸の境をうろつき回る。
とかなくてしす、や?
04「あめよみ(The Thing Reading Rain)」
歌:Fred OARAO
常世の波打ち寄せる伊勢の国のそのまた天の方角にあるという里を、行かざるままに臨めよ。
さあ生き心地あれ、生き心地あれ。
愚か者の男のヨハド、今丘の上。
「愚者」の鎧をまとって、あなた方の世界の型にはまるならば、この世にいることにしてもらえるだろうか?
海からの遣いが動かぬ座標の街を割いて
「あやしなり」と秘かに降る道標となりや
千度の無視の往来に
在れりをあきらめ橋をかけ
姿なき亡き者と共に化し道を行く
言わざるにしたたる街 街は水没を
讃え 讃えたまま 無人だらけの桃源
千度の無視の往来に
在れりをあきらめ橋をかけ
姿なき亡き者と共に化し道を行く
無明の雨が万境を等しく洗うを受け流し
草葉の陰で陰るきみと共に向かう死地は
捲土の嘘の重来でこまねく不肖の街の外
弔意以て里悟り望む無想丘と知る
見えざるとそむける街 街は脆弱を
讃え 讃えてまた
際立つ時に帰らざる
千の波が打ち寄せる丘
遠くで生きる心地あれ
分かたぬままきみと並び
奇想の雨と踊れよ
(千の丘 で生きる心地あれ
嗚呼 奇想の雨と踊れよ)
伊勢の波が洗い出すは
虚心をたたえた丘にあり
行かずの里はるか咲く
万境の外を想えよ
(伊勢の波 たたえた丘にあり
嗚呼 万境の外を想えよ)
天の網を零れ落ちて
自在を結びて雨は降る
読めざるままきみとありて
無想の地を人は立つ
(天の網 結びて雨は降る
嗚呼 無想の地を人は立つ)
無私の丘で流れ出すは
疑心にささやく里の歌
なくしたまま命求め
さまよう声は届いた
(無私の丘 ささやく里の歌
嗚呼 さまよう声は届いた)
千の波が打ち寄せる丘
遠くで生きる心地あれ
分かたぬままきみと並び
奇想の雨と踊れよ
(千の丘 で生きる心地あれ
嗚呼 奇想の雨と踊れよ)
伊勢の波が洗い出すは
虚心をたたえた丘にあり
行かずの里はるか咲く
万境の外を想えよ
(伊勢の波 たたえた丘にあり
嗚呼 万境の外を想えよ)
05「盲の鳥よ時を告げよ、(耳を澄ませ)月が凍る」
作:幼虫社
解釈/歌唱:星山千寿
天狗の弟子となったヨハド、はるか昔に攫われて大人になった今ではただ人里の情緒だけをぼんやりと思い出せるだけ。
寒戸の婆さま、里を覚えているか?
懐かしいのか?
俺はただ、もうあそこには帰りたくないだけだ。
人の里はここから眺めている分には懐かしさだけを手元で暖めておけるからな。
人の世に忌み嫌われたこの災厄の姿に穢れを背負わせて、無害な背景とするが良い
世の中からいないことになっている、透明な非存在人とするが良い
06 「霊魂帳(Mitamachou)/星山千寿・鏡音リン・KAITO」
Song/Lyrics/MV/Vo: Chitose Hoshiyama
ひとつひとつ忘れて里の帳をくぐるの
人の世にすくわれぬやさしさが
うず巻くままとびらは開くの
素知らぬふり迷いこむ風の音には 現を
なだめるような 弔いの子守歌
間の幕 未練を落とす
待ち人なき人の世に 見えぬままの 静かは 荒れ地を這う草笛に破られて
古調のかげに誘うよ
最奥の裏庭 まつりの夜は 親しく揺らぐ細道小路
見知らぬようで気づかぬだけの
近しき門がにわかにひらく
古き音の中に生まれ来て
めかしく招く灯明の朱し夜
鬼火もて今は悠々と
さまよう様さえ 演じて見せた
(響け響け 歳経ることなきままに
舞えよ 舞えよ おどろ笛の音)
世の咎をすべて引き受けて
黄泉路に煙る災厄の姿は
はぐれ香を統べて引き連れて
聞かせて見せしやまつりの夜に
(知らず 知らず 我を喰らう流れ弾
別れ 別れ 誰ぞ知らずに)
あたら世の側で朧げに
円かに揺らぐ金色の大悲は
深き血の奥に身を落とす
透かして見せしやまつりの夜に
(響け響け 歳経ることなきままに
舞えよ 舞えよ おどろ笛の音)
古き音の中に生まれ来て
めかしく招く灯明の朱し夜
鬼火もて今は悠々と
さまよう様さえ 演じて見せた
(響け響け 歳経ることなきままに
舞えよ 舞えよ おどろ笛の音)
07「古調天涯(KochouTengai)/松岡大海」
Song/Lyrics/MV/Tsugaru Shamisen:Chitose Hoshiyama
Vo: 松岡大海(Matsuoka Hiromi)
Cho: 鏡音リン(Kagamine Rin)
Illustration:彩
あの古き窓辺には白く映えることなき日の陰り
等しく機は過ぎて是の如く駆け去る
馬上の生 雷の様に暮れた
あの深き夕暮れに今は 染まることなき身の行方
涼しの雨過ぎて 笹の舟を波打つ
非常の生 有漏を吹き抜けた
真なき常ならぬ世の 流れの果てに逆巻くものかは
ものの名の 芯の最奥に 土煙るままで 住まうきみは
ほの白き確信を刹那 瞬く様に生は鳴る
(たそやかぐらの夕景の間 末期の目に我は映らじ)
明かしくほのめいて徒しの夜をまつろう
馬上の生 死出を行く様よ
(孤立の鼓動 人の世にあり 今生の縁
人の世になし)
あの高き天空に奇しく 透き通るような明晰は
(馬上の生 跳躍の言葉 滑り落つまま
墨絵の闇か)
呼び合う志と誠を釈迦ず知らず糾う
地上の縁 有り難しものよ
(地上の縁 袖振り合うほどの
業はありや)
迷いなき死地を得て今日に 名もなき明日は 御用待つ牢は
きみの名の終の深淵に 目をひかぬ様で 溶ける愛は
限りある席を明け渡す 拝領いたせしこの称賛を
総じて お返し奉る 賤が身に今は冥きの
すがすがしい冥府の門出に 拝借いたせしこの重用を
伏して お返し奉る 死せる眼差しに明きは
あの山越ゆる十三夜 お山のからすもねんねした
ねんねこ良い子ねんねこよ 可愛い可愛や
よみじのはて ねんねんころりよ ねんねこよ
変わりなく黄泉を行く様に 求めることなき贈与の知恵を
映して見せるはまそ鏡 人の世に未だ揺らぎて
あぢきなし雲誘う様は 畏敬と語ろう太古の夢か
朧に揺らめく妖し影 慕わしむ日々だけ今も
冴え渡る不死の天命は 時代を受け継ぐ渡世の橋か
この身に預かる敬服を 基に差し出し呵成に残して
限りある席を明け渡す 拝領いたせしこの称賛を
総じて お返し奉る 賤が身に今は冥きの
すがすがしい冥府の門出に 拝借いたせしこの重用を
伏して お返し奉る 死せる眼差しに明きは
08「古調天涯(KochouTengai)/Synthesizerv_Weina」
Song/Lyrics/MV/Tsugaru Shamisen:Chitose Hoshiyama
Vo: Weina(Synthesizer V)
Cho: 鏡音リン(Kagamine Rin)
Mix: ming-zi(https://x.com/mingzi893)
Illustration:彩
ボカタッグ2025出典楽曲
繋がりすぎた世界に、彼岸より愛しの分断をもう一度
諦念と共に生前を手放せば、春の夜にあやしの扉が開かれる。しばし現代を忘れて彼岸へと去り行く背に魅入る時間を
09「かんざし帳(Kanzashi Chou)/音街ウナ・花隈千冬」
Song/Lyrics/MV/Tsugaru Shamisen:Chitose Hoshiyama
Vo: 音街ウナ(Otomachi Una)
Cho: 花隈千冬(Hanakuma Chifuyu)
Illustration:あやカイ
一呑みに静を呑む 波紋に異は破られて
限りのない天と地に 絶えて目は閉ざされる
人の身を返す日に 鬼門の意のなすままに 語らず咲く未練に 渇えの胸は開かれる
(踏み出す 硫黄の野へ 開かれる)
一筋は断ち切られ 続きのない今日の日を 結び直す妖し世は
隣り合う道理の地 思う前にさらわれて 嘆く前に立ち尽くす
暮れる前の条理に抗えずの黄泉はある
(暮れ行く 明かずの夜へ 身を落とす)
春の夜の奥深く 未だに見ぬ構造の
名前のない最果てに 果たせぬ志を納めよう
呼ばれては応えよう 重き義理の枷さえも 惜しみもなき生の火に 打ち捨てて焚き上げる
(連なる 鬼火の青 魅入られて)
冥府に明くる この思念の先
呪いの家に投げ入れて 求めた
浄き善の射程 間合いを外れ
なぞる歌声で 死出を渡るよ
(ただ渡るよ)
清々し陽の果てに 断絶の喜びは
刈りたてる浮世から魔道の夜に身を落とす
絶縁の縁を得て 深き血の思い出は
浮かばれぬ憧憬と 重き身を解き放つ
外道の岸辺で今受けたこの歓待に
必ずや名誉以て 揺るぎなく報いよう
真にはあらねどよすがのこの救済に
畏れ以て尽くして 絆されていよう
らたらら らたた らたたん
らたらら らたた らたたん
らたらら らたたん らたた たたたん
無量の流れ 水深きに立ち
渇えの日々を振り向いて 夢見た
揺らぐほどに惜しむ 水面に映る
薄き陰影は 死出に馴染むの
華々しい陽の淵で 落日の始まりは
仮初の渡世から 外法の地へ生き延びる
弔意なき死の淵に 古き血の誘いは
諦めの租の如く 痛み以て現れる
貴賤なく集えと 潤す様なつながりに
必ずや恩義以て いつまでも 応じよう
偽装の死を隔てて ただあるこの対岸で
信頼を背負いて 託されていよう
清々し陽の果てに 断絶の喜びは
刈りたてる浮世から 魔道の夜に身を落とす
絶縁の縁を得て 深き血の思い出は
浮かばれぬ憧憬と 重き身を解き放つ
外道の岸辺で今受けたこの歓待に
必ずや名誉以て 揺るぎなく報いよう
真にはあらねどよすがのこの救済に
畏れ以て尽くして 絆されていよう