霧の微分の平原でロゴスとレンマの双子に再会する(アッサジと巡るjourney with cyclops)⑧

霧の微分の平原でロゴスとレンマの双子に再会する(アッサジと巡るjourney with cyclops)⑧

微分係数をからかうアッサジ。

‘journey with cyclops’
『世界一美しい数式「e^iπ=-1」を証明する』(2019.佐藤敏明) を読破し、数学回路を構築した脳で作曲するプロジェクト。

読み始め、解き始めた時はこれほど数学に魅了されるとは思っていなかったが思いのほかオイラーの等式を目指す求道は楽しい。
数学は持てる集中力すべて奪っていくのでメンタルに良く、気分転換におすすめだ。

この辺りもやはり作曲と数学は兄弟なのだ。
さて、どこまで進んだか。記事は更新していなかったもののp.158まで旅は進んだ。

といっても間に解答のページが挟まっているので別に私が猛スピードで指数関数の章を走り抜けたわけではない。
むしろ第3章、指数対数のジャングルは物足りない程少ない道程だった。

しかし驚くなかれ。私はこの章で2つほどもしかしたら著者のミスではないかと思われる個所を見つけてしまった。
一つはおそらく単なる書き間違いだと読み手も分かるので放置してもよさそうだがもう一つは訂正しないと始めて読んだ人は混乱するかもしれない。
(後に問い合わせたところやはりミスだった。正誤表に乗せてくれるという。)

さて、3章のジャングルを抜けた先は微分の霧の平原だった。
思わず微積と書きたくなるが冒頭のイントロによると積分はオイラーの等式に関係ないので省略するという。
この辺の潔さが単なる教科書と違う所である。

あくまで目指す道のりはオイラーの等式の城であって、できるだけ多くの数学知識を読み手に叩き込むつまらない迷走堅物教育用教科書とは一線を画す。アレは数学の美貌に酸をかけ、数学のコアである無意識の屋敷の庭にそよぐ黄金の畑をトラクターでひき潰す有害図書だ。

微分の平原についてもっと書いておきたいところだがまだ霧に頭を突っ込んだだけなので紀行文にできるほどの情報がない。
今回も作曲面の話をしよう。

なぜか歌メロがつくりやすくなった。

私は今まで歌メロを作るのは時間がかかり、どのようにかかるかと言えば1日かけてメロディを書いた後次の日それを聞き直しまた全く新しいメロを作り……というのをn乗した挙句に音を上げてそのうち1つを選ぶという1つの曲に対しn種類の歌メロのもつれが常であった。
ところが今回の’rain Ag’は1日目で何の迷いもなく歌メロが現れ、2日で書き終わった。歌メロの発生がブレなくなった。

一体何が起きたのか?
歌メロの作り方というのは多少の法則はあれどほぼ感性の世界なので理屈をつけようとすればいくらでもつけられる。
つまりこれが数学回路の恩恵に負っているのかもしれないし全く関係ないのかもしれない。
脳内に構築されつつある数学回路がなにがしかの歌メロを作る能力の扉を開いたのかもしれないし、それとは何の関係もない何かの因子が働いたのかもしれない。
しかし、これがもし数学回路のおかげだとしたら数学は理性ではなく感性に働き掛けたことになる。

これは面白いんじゃないだろうか。理性の最先端のような学問がまさか感性の扉をうっかり開いてしまい、意図せずして人に恩恵を与えてしまった物語。

何かの構図の相似形を思い出さないだろうか?
科学の最先端をわき目もふらずひた走っていたはずが気が付けば化城喩と阿頼耶識の黄金郷へ迷い込んだ碩学求道者の影持つ身体の重さを。
科学の粋を集めた人類のロゴスの塔の先端から瓶詰の手紙を投げたら海に映し出された極楽浄土の揺らいだ陰にあたって跳ね返ってきたお話。

作曲と数学の双子が手を取り合って再び人類の知性へ帰り着いた、そんな物語。
私にはそう思えてならない。

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